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東京高等裁判所 昭和28年(う)2259号 判決

控訴人 原審検察官 原審弁護人

被告人 宮川力 外一〇名

弁護人 関原勇 外四名

検察官 磯山利雄

主文

本件各控訴を棄却する。

当審の訴訟費用中証人小林晴生に支給した分は被告人宮川力の負担とし、証人田尻惣治に支給した分は被告人宮川力、同片桐茂三郎、同吉田捨身男、同宮下安雄、同長浜健三の連帯負担とし、証人金井宗助、同富沢勇、同加藤卯吉、同高橋武二を除くその余の証人に支給した分は被告人宮川力、同片桐茂三郎、同吉田捨身男、同宮林松男、同木下広元、同宮下安雄、同長浜健三の連帯負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、東京地方検察庁検察官検事正代理田中万一作成名義、及び弁護人関原勇、同大塚一男、同林百郎、同青柳盛雄、同牧野芳夫共同作成名義(二通)、並びに被告人片桐茂三郎同吉田捨身男、同宮林松男、同木下広元、同宮下安雄、同長浜健三各作成名義の各控訴趣意書記載のとおりであつて、検察官の控訴趣意に対する答弁は、弁護人関原勇、同大塚一男、同林百郎、同青柳盛雄、同牧野芳夫共同作成名義、及び被告人片桐茂三郎、同吉田捨身男、同山崎恒夫、同宮林松男、同早川謙治、同長浜健三各作成名義の各答弁書記載のとおりであるから、これらをここに引用し、これに対して次のとおり判断する。

検察官の控訴趣意第二点について。

(一)  原判決が、その理由中第一犯罪事実(十一)において、「右荒井巡査に引き続き正門大扉裏の警備位置から正門前に飛出した国家地方警察埴科地区警察暑巡査高橋見次は、命令により荒井巡査救出の為正門前南北道路を前記若林方角電柱から南へ約十八米の道路上中央迄南下したが、四五名の自労の組合員等に妨げられこれと争う中頭部を殴打され昏倒するや、被告人宮川力はその傍に駈けつけ同巡査の耳の辺から肩のあたりを軍靴のままで数回蹴飛ばし、因てその公務の執行を妨害したものである。」との事実を認定判示し、これに対して刑法第九十五条第一項を適用していることは、所論のとおりである。しかるに、所論は、刑法第九十五条の「公務員ノ職務ヲ執行スルニ当り」とは、公務員がその公務の執行中と同意義に解すべく、職務執行の終了時は、公務員の務職実行に直接なる行為の終了した時であり、その行為の終了したことは、公務員の自由意思に基く場合たると、暴行により事実上公務員がその職務を執行することができなくなつた場合たるとを問わないものと解すべきところ、高橋見次巡査は、若林方角電柱から南へ約十八米の道路中央あたりにおいて、石坂英夫のため、その頭部を殴打され、昏倒して意識不明に陥り、既に、その公務を執行することができない状態にあつたものであつて、公務員の職務執行中といえない場合であるから、被告人が、たとえ原判示の如くこれを蹴飛ばす等の暴行を加えたとしても、刑法第二百八条の単純暴行罪にあたるのみで、同法第九十五条の公務執行妨害罪は成立しない。従つて、原判決が、被告人宮川に対し、同法第二百八条を適用することなく、同法第九十五条第一項を適用したのは、法令の適用を誤つたものであつて、その誤が判決に影響を及ぼすことが明らかである旨主張するにより、案ずるに、刑法第九十五条第一項の罪は、公務員がその職務を執行するに当り、犯人において、該事実を知りながらこれに対してその職務執行の妨害となるべき暴行又は脅迫を加えることによつて成立する犯罪であるから、公務員がその職務の執行中、その職務執行の妨害となるべき他人の暴行によつて昏倒するや、犯人において、右事実を知りながら、同公務員の職務執行を妨害する意図をもつて、直ちにその傍に駈けつけ、同公務員の身体の一部を軍靴のままで数回蹴飛ばしたような場合は、たとえ同公務員において最初の暴行により、一時的に事実上職務の執行ができないような状態にあつたとしても、右犯人の所為は、刑法第九十五条第一項にいわゆる公務員がその職務を執行するに当りこれに対して暴行を加えた場合に該当するものと解すべきところ、これを本件についてみるに、原判決挙示の関係証拠を総合するときは、原判示のように、高橋見次巡査が、上司の命令により、同僚荒井巡査の救出という職務を執行するに当り、これを妨害しようとする自労の組合員らのため、頭部を殴打されて昏倒するや、被告人宮川は、以上の事実を知りながら、同巡査の右職務執行を妨害する意図をもつて、直ちに同巡査の傍に駈けつけ、同巡査の耳の辺から肩のあたりを軍靴のままで数回蹴飛ばすという暴行を加えたものである事実が認め得られるのであるから、同被告人の右所為は、正に刑法第九十五条第一項所定の公務員がその職務を執行するに当りこれに対して暴行を加えた場合に該当するものと認めるのが相当であるというべく、従つて、原判決が、同被告人に対し、右法条を適用したことは正当であつて、原判決には、この点につき所論のような判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤があるものということはできない。この点の所論は採用できない。

(二)  原判決が、被告人宮川の高橋見次巡査に対する公務執行妨害行為に対し、刑法第九十五条第一項だけを適用し、同法第六十条を適用していないことは、所論のとおりである。しかるに、所論は、原判決が同被告人に対し、刑法第九十五条を適用した所以は、同被告人が、石坂英夫と共同して、高橋見次巡査に対し暴行を加えたものと認定したことによるものと解するの他なく、かかる認定に立つて刑法第九十五条を適用したものならば、当然同法第六十条をも適用すべきであるのに、原判決がこれを適用しなかつたのは、適用すべき法令を適用しなかつた違法がある旨主張するのであるが、しかし、原判決書の記載に徴するときは、原判決は、この点につき被告人宮川が所論石坂英夫と共同して又は共謀して高橋巡査に対し暴行を加えた旨は判示しておらず、かえつて、同被告人単独の犯行として暴行を加えた趣旨の事実を認定したものと判文上解し得られるのであるから、原判決が、これに対し刑法第六十条を適用しなかつたことは当然であつて、原判決には、この点につき所論のような適用すべき法令を適用しなかつた違法があるものということはできない。この点の所論も採用できない。

(三)  なお、所論は、原判決が、被告人宮川は石坂英夫と共同して高橋見次巡査に対しその公務の執行を妨害したものと認定した以上同巡査が右の者らに暴行を加えられ、昭和二十六年一月二十日午前零時三十五分頃、長野市南石堂町千二百二十二番地小池外科病院で、右傷害に因り生じた硬脳膜外血腫に因る脳実質圧迫に基く生命機能の喪失のため死亡するに至つた事実についても、当然刑法第二百五条を適用すべきであるのに、これを適用しなかつた原判決には、この点についても亦擬律錯誤の違法がある旨主張するのであるが、しかし、原判決においては、この点につき所論のような共犯の事実を認定したものでないことは、既に右(二)において説示したとおりであるから、この点の所論はその前提を欠き到底採用の限りでない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 中西要一 判事 山田要治 判事 石井謹吾)

検察官の控訴趣意

第二点原判決には適用すべき法令を適用しなかつた擬律錯誤の違法があつてその誤が判決に影響を及ぼすことが明らかでありこの点においても破棄を免れないものである。

原判決は「右荒井巡査に引続き正門大扉裏の警備位置から正門前に飛出した国家地方警察埴科地区警察署巡査高橋見次は命令により荒井巡査救出の為正門前南北道路を前記若林方角電柱から南へ約十八米の道路上中央迄南下したが、四五名の自労の組合員等に妨げられこれと争う中頭部を殴打され昏倒するや被告人宮川力はその傍に駈けつけ同巡査の耳の辺から肩のあたりを軍靴のままで数回蹴飛ばし因つてその公務の執行を妨害したものである」(判決三四丁)と認定している。

しかしながら

(一) 高橋見次巡査は若林方角電柱から南へ約十八米の道路中央あたりにおいて石坂英夫の為その頭頂部を殴打され昏倒し意識不明に陥り既にその公務の執行を為す能わざる状態にあつたものである。すなわち同巡査には昏倒の時以後において公務の執行中という観念は存しない。もとより高橋見次は国家地方警察埴科地区警察署の巡査であつて刑法第七条の所謂公務員であることは明白であるが、刑法第九十五条に規定する公務員の職務を執行するに当りとは公務員がその公務の執行中と同意義に解すべく、職務執行の終了時は公務員の職務実行に直接なる行為の終了したる時である。(大場博士、刑法各論下七三三頁同説)然してその職務実行に直接なる行為の終了したることは、公務員の自由なる意思に基くと将又本件の如く暴行により事実上公務員がその職務を執行すること能わざるに至りたる場合たるとを分たざるものとする。然らば、被告人宮川が巡査高橋見次に対し石坂英夫の暴力により昏倒失神後これを蹴飛ばす如き暴行を加えたることは、刑法に所謂公務員の職務執行中に暴行を加えたる場合に該当せず且つ被告人が高橋巡査に対し其の公務の執行を妨害するの犯意もなく単に刑法第二百八条に所謂単純暴行に該当するに過ぎない。然るに原判決は被告人宮川に対し刑法第二百八条を適用することなく刑法第九十五条を適用し公務員高橋見次に対する公務執行妨害罪を認定したるは将に擬律錯誤の違法あるか又は事実誤認の違法ありと謂わなければならない。

(二) 然して原判決が被告人宮川に対し刑法第九十五条を適用した所以は被告人宮川が石坂英夫と共同して巡査高橋見次に暴行をなしたものと認定したのによるものと解する他なく原判決が斯る認定の上に立つて刑法第九十五条を適用したのであるならば当然同法第六十条の適用を為すべかりじものであつたのに拘らずこれが適用を為さざりしはこれ亦適用すべき法律を適用せざりし擬律錯誤の違法ありと謂わなければならない。

(三) 然して又原判決が被告人宮川は石坂英夫と共同して巡査高橋見次に対しその公務の執行を妨害したものとする以上、同巡査が右同人等に暴行を加えられ昭和二十六年一月二十日午前零時三十五分頃長野市南石堂町千二百二十二番地小池外科病院で右傷害に因り生じた硬脳膜外血腫(六〇〇cc)に因る脳実質圧迫に因る生命機能の喪失の為死亡するに至つた事実については当然刑法第二百五条の傷害致死罪の適用を為すべきである。然るに原判決が単に刑法第九十五条を適用したのはこの点において更に重大なる擬律錯誤の違反を侵しているものと謂わなければならない。以上原判決は法律の適用に誤があつてその誤が判決に影響を及ぼすことが明らかでありこの点においても到底破棄を免れないものと信ずる。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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